なるべく季節の物をば進上ありたし
●ある年の十月ごろ。毛利輝元の使者が石田三成を訪れた。従者に大きな籠を持たせている。
「実はみごとな桃ができましたので、太閤にご賞味していただくよ
うにとの、わが殿の仰せで持ってまいりました」
●なるほど立派な桃である。三成も大きな桃に驚いた。
「初冬というのに、このようなみごとな桃は珍しい。されど、季節はずれの果物を食して、太閤の身にさわりがあっては、毛利殿にも
迷惑かと存ずるが、いかがなものか」
●そして使者に冒頭のとおり「なるべく時期の物を進上していただきたい」といって、桃を返上した。
●やがて石田三成は、関ヶ原の戦いにおける西軍の中心人物となったが、家康の率いる東軍に破れて処刑された。彼にまつわるエピソードはあまり芳しくないものが多いが、この話は彼の細かな気くばりや周到な処理を伝え、能吏ぶりをうかがわせる。
●今日でも、何でも珍しい物ならば喜ぶだろうと、時期はずれの高価な贈り物をする人が多い。いくら温室栽培や冷凍加工でいつでも食べられるといっても、食べ物の「旬」は大事にしたい。贈り物の場合にはなおさらである。
●贈り物でもう一つ気をつけたいのは、高価であればよいだろうという感覚である。いくら高価でも真心のこもっていない贈り物はう
れしくも何ともない。かえって気持ちの負担になって、時には返したくなるようなことさえある。
●「アブアブ」の社長、小泉一兵衛は何かを頼んだお礼のようなときには気張って贈り物をすべきだが、その他のときには誠意さえあれば大根や菜っ葉のほうがよいとしている。
●大根や菜っ葉が出てくるところは、いかにも、一般大衆を相手にしているスーパーの社長という感じがするが、これも人付き合いの機微をついている言葉といえよう。人付き合いには何よりも、真心が大切なのである。