初心忘るべからず

●室町時代の有名な能楽、謡曲の作者である世阿弥の言葉で、「およそ能楽を修めようとするものは、初入門のときの志、自分はどんなことがあってもお能の奥儀をきわめるぞ、という初心の気持ちを忘れずに、いかなる難儀にも負けない覚悟を持たねばならぬ」 と『風姿花伝』(花伝書)の冒頭にかかげている。

 

●能楽に限らず、あらゆる芸事の修行に大切な心がけなので「初心忘るべからず」の句は、色々な方面でよく使われる。

 

●サラリーマンの処世訓としても例外ではなく、新人時代の『初心』を時折思い起こすことが必要だろう。

 

●能楽は今も日本の伝統的な芸能として大事に伝承されているが、室町初期ごろまでは「猿楽」として『乞食の所行』とさげすまれていたものである。この芸能を室町期の代表的な芸能にまで高めたのは、世阿弥(本名・観世三郎元清)の功績だといわれる。

 

●彼が三代将軍足利義満にみとめられ、その支援を受けるようになったのは、京都今熊野社における舞台で、世阿弥が父と一緒に義満の御前に出演したのは十一歳のときであった。少年ながら彼の才能は抜群のものだったことが推測される。

 

●ただ能楽師としての才能だけでなく、その後の彼は当代一流の学者、文化人、朝廷関係者との交際を通じて、自らの芸道、学問を深めた。このことが能楽そのものの地位向上に大きく役立ったことを見逃してはいけない。

 

●人間が大きく成長していくためには、このように自らの周囲、環境を高めることが大切なのは現代人でも同じこと。私たちも世阿弥にならいたいものだ。

 

●しかしながら義満の死後、不幸にも、世阿弥は将軍家からうとまれて佐渡へ流されてしまった。晩年は女婿にあたる大和の金春家に身を寄せている。それにしても彼は茶道における千利休に匹敵する大きな影響を能楽にもたらした人物であることは間違いない。