我事において後悔せず
●宮本武蔵の『独行道』にある言葉である。『独行道』は『五輪書』と並んで、武蔵が弟子のために書き遺したものといわれ、全文が二十一ヵ条から成っている。タイトルの言葉はその中の一つである。
●「我が事」として、いったんこれを決断したからには、けっしてくよくよしない、後悔しないという意味であろう。もちろん、きびしく自分自身を鍛え、自分を磨いていった武蔵のことだから、決断するまでにはそれこそ慎重に熟慮に熟慮を重ねての決断だったと思
うが、決断した以上は後ろを振り返らず、物事を前向きに考えていったのであろう。
●初代の南極越冬隊長だった西堀栄三郎の、「一旦方向を決めたら迷うな」の言葉もまったく同じ意味である。
●西堀は京大理学部を卒業して学究の徒となり、真空管の製造技術、魔法瓶の研究、品質管理の普及に貢献したことでデミング賞を受けるなど、学者として、また技術者として、輝かしい実績をあげた人だが、その一方で日本を代表する登山家としても有名だった。
●登山家は、一度山へ入って迷うことは禁物、ヘタをすれば命をとられることになるからだ。いわば登山家としての長い山登りの経験が、西堀にそのような言葉を吐かせたのであろう。
●これはビジネスの世界においても同じことである。
●経営者はもちろん、ある程度の管理職の地位につけば、その企業、あるいはその部門の命運を左右する決断の場面に数限りなく遭遇する。そのとき、当人がフラフラと迷っていたのでは、部下がついていけない。
●進むにせよ退くにせよ、いったんこうと決断したら、その方向に断固進むべきである。
●決断とは賭けであるから、成功するときもあれば失敗するときもある。しかし決断した以上、迷ったりクヨクヨしたりすることはいちばん悪い。そして、明らかに失敗と判断したときには、また新たに方向を定め、決断するのである。