言うべきときを知る者は、黙するときを知る

●この言葉は、話の力点の置き方を鋭く衝いている。紀元前三世紀に、はやくもアルキメデスの原理を発見し、また、この原理の解明をするなど力学の基礎を築きあげたアルキメデスにふさわしい言葉である。

 

●多弁すぎず、無口にすぎず、対話のポイントを押さえ、言うべきときに、言うべきことを言い、黙るべきときは黙る。こうした話術を心得れば、対話は実り多いものになり、人の心を動かすこともできる。

 

●徳川幕府の大老酒井忠勝が、あるとき、祐筆に伊達政宗に当てた書状をしたためさせた。ところが、祐筆は、間違って別の書状を送ってしまった。

 

●その書状を受け取った政宗は、その旨を付記して送り返してきた。忠勝は驚き、近習の北条三四郎を呼んで、
「誰がしたためたか、調べて報告せよ。きっと処罰してくれる」
と申し渡して、その書状を居間の机に置いて登城した。

 

●三四郎は、書状を手にすると、中を改めることなく、火の中に投げ入れた。

 

●邸に戻った忠勝が、
「誰がしたためたかわかったか」
と尋ねた。三四郎はいった。
「書状を改めれば、誰が書いたものかじきにわかります。しかし、今回のことはまったくの過失ですから、吟味の必要はないと思い、中を改めず焼き捨てました」

 

●それを聞いた忠勝は、苦笑いを浮かべて、
「そこつなことをしたものだ。だが、書状を焼いてしまったのでは、吟味の手がかりがない。しかたのないことだ」
といって、それ以上は何もいわなかった。

 

●忠勝は、そうした三四郎の性格を知っていたから、三四郎に吟味をいいつけたのである。忠勝は必要なことだけをいって、あとは黙認することで、家臣の一人を処罰することなくすませた。事は忠勝の望んだとおりになったのだ。

 

●このように、発言の押し戻しに意を用いることによって、交渉事や説得に効果をあげることができるのである。