誠意を持って接すれば、人の心は通じ合い人の心をつかむこともできる
●松田伊三雄が三越の大坂支店の次長をしていたころの話だ。ある日、万引き防止係が四階の洋品売場で子連れの中年男を万引きと思い違いをして呼び止め、監視係の詰め所に連れてきた。
●売り場担当の主任も主任代理も加わって、三人がかりで男に包みを開けるように強要した。
●しかし、男があけた包みの中の商品は、レシートどおりであった。三人は謝罪に勤めたが、客は店長の印のある謝罪文を要求して譲らない。
●知らせを受けた松田は、詰め所に駆けつけ、客にわび、謝罪文を出すことを承知した。その客は北浜で理髪店を営んでいた。身の潔白を証明するために、店の入り口に謝罪文を貼っておくという。
●客の帰った後、この一件を知った店長は、軽はずみなことをした、と怒り、防止係を解雇し、売り場主任と代理を自宅謹慎にするように言い渡した。
●松田は、三人をかばい、
「私が責任を持って善処します。三人の処分は取り消してください」
と店長に申し入れ、北浜の理髪店へ急行した。店長の謝罪文を店の入口に貼られてはスキャンダルになる。理髪店の主人に会った松田が、監視係長の謝罪文で勘弁してくれるよう交渉すると、相手は店長でいやなら社長の謝罪文をもってこい、という。事態はさらに悪化した。
●松田は次の朝早く理髪店を訪れた。主人は松田が謝罪文を持参したものと思った。松田は散髪をしてもらいに来たのである。主人は散髪を拒まなかった。翌朝、松田は、今度はひげをそってもらいに出かけた。こうして二十日の間、休まず通った。松田の誠意と熱心さに、ついに主人は心を動かされ、「謝罪文の代わりに、三越のポスターを持って来なさい。店に貼ってあげよう」といってくれた。
●こうしてトラブルは解決した。部下の責任を一身に負って、見事な交渉ぶりで危機を乗り越えた松田に信望が集まったことはいうまでもない。