事を遂げるものは、愚直でなければならぬ才走ってはいかぬ

●この言葉はその出処が明らかではないが、『海舟言行録』に「‥‥‥天下の政治を行うには愚物にあらざれば能く成功せしむること能はず、人は一個の誠だにあらば夫れにて足る。‥‥‥」とあるから、海舟の言葉であることは間違いないと思われる。

 

●海舟という人物はこの言葉とは逆に才気の人だった。愚直という意味では西郷隆盛のほうがそれに近い。それだけにこの言葉は案外、西郷隆盛を評して言った言葉かもしれない。隆盛が愚直の人であったことは万人が認めるところ。その隆盛にこんなエピソードがある。

 

●明治六年、明治天皇が近衛隊を統率して千葉県の習志野原で演習を行なった時、隆盛もまた陸軍大将として天皇に随従していった。

 

●夜半になって雨になった。その時、隆盛はどうしたかといえば、陸軍大将の制服をまとい、自ら歩哨として天皇の御野営所の前に、雨に濡れながら一夜を立ちつくしたというのだ。

 

●陸軍大臣が何も雨の中を歩哨に立たなくてもいいのではないか、という声があったが、隆盛は天皇をお守りするとして立ちつくした。

 

●まさに愚直の人、隆盛でなければできないことであったろう。またそういう愚直の人であったから、維新のような大業ができたともいえるのである。

 

●海舟もまた「西郷に及ぶことのできないのは、その大胆識と大誠意とにある」と語っていることでもわかるとおり、隆盛の人物の大きさを評価している。